2026.10.19[mon.]
貴重な1人休みの月曜日を迎えました。
ここにきていったん心身ともに浄化が必要な気がしていますので、じっくりと過ごしたいと思います。
なぜか昨日までの3日間連続して毎晩子供達と人生ゲームを繰り広げていて、なんだかそれも気分転換。息子はテスト勉強をした方が良いんじゃないか?とつっこみますが、「息抜きに」と言うので皆んなで付き合って。お金の計算もやるので子供達には銀行をやらせて、頭を使って良いアイテムだと思っています
それでは発表会の曲紹介、最後の1週間です。
今日まで読み続けてくださる皆様へ、拙い文章、誤字も時々ありながら、それでも毎回楽しみにしてくださり感謝申し上げます。
————————————————————
毎週月・水・金・日曜日に更新♫
発表会開催までの道のりと共に、52名のご出演者の皆様の演奏曲目を紹介してまいります。
ご出演者の皆様が選んだ音楽に、私なりの視点で向き合いながら、そして演奏される生徒様へ想いを寄せて紹介してまいります。初出演の方から出演回数順にご紹介してまいります。
※当日のプログラムにて変更となる場合もございますのでご了承ください。
————————————————————
本日もやはり、クラシックの名曲を・・・
L.v.ベートーヴェン
ピアノソナタ 第8番《悲愴》第2楽章
ベートーヴェンが生涯にて残した32曲のピアノソナタ作品の中で、《三大ソナタ》と称される、人気の高い作品ですよね。
特にこの《悲愴》は、第2楽章だけ一人歩きで名曲集に挙がるほど。
ベートーヴェンは32曲の作品中、この《悲愴》と、第26番の《告別》だけ、このようにタイトルを付けています。
他にも月光ソナタや熱情、ワルトシュタイン、テンペスト、ハンマークラヴィーアなどのタイトルと共に親しまれる作品はベートーヴェンの死後や、出版後に出版社や評論家などがつけた愛称。
「大ソナタ 悲愴 -Grande Sonate pathetique-」
と初版につけられたタイトル。
そこには、当時のベートーヴェンにとって、音楽人生における苦悩と情熱を大きく表した背景があったのかもしれません。
1799年頃、ベートーヴェン28歳、彼は聴覚の低下に苦しんでいました。
ベートーヴェンといえば、それまで宮廷や貴族の音楽として位置付けられていた音楽を、「音楽家は芸術家なのだ」と発信して、市民のための芸術として訴え、後世への音楽の存在、音楽家の在り方を変えていった作曲家。
そんな彼が、内面的、政治的なメッセージを音楽へと写して、音楽家として歩んでゆく確信をもっていた矢先での聴覚の低下は、人生における大きな絶望だったことでしょう。
この悲愴を書いた4年後には、遺書を残しています。

「私は死を前にしながら、まだ何かを成し遂げたいという心に突き動かされている」
ベートーヴェンが遺書の中に書き残した言葉。
苦悩と克服、再生を音楽へと乗せた作品の先駆けともなったピアノソナタだったのでは、と思える《悲愴ソナタ》。
第1楽章は、葬送のような序奏から走ります。
絶望と嵐、情熱。
第2楽章は、慈愛、祈りのようなカンタービレ。
そして最後の第3楽章は、闘いと決意、ドラマチックに終わりを遂げます。

ベートーヴェンの音楽には魂と生きる情熱を感じる私。
子供の頃、初めてレッスンでベートーヴェンの作品を与えてもらった時から、そう思っていました。人間性溢れる音楽。
ベートーヴェンはそうやって、音楽を通して、心を訴えていたわけですね。
さて、そんな悲哀と情熱溢れるソナタ作品から、最も有名になってしまった第2楽章を選ばれた生徒様。
2013年から14度目のご出演です。
昨年、今年の発表会会場が決定した時、「先生、じゃぁ私、悲愴にしようと思います。」とすぐに心を決めてお話ししてくださったことを思い出します。
生徒様のピアノライフにとって、すっかり大切な一曲になりました。
実は、私にとっても、生徒様とのレッスンライフにおいて、これまでもこれからも、忘れない想い出の一曲になると思っています。
11年前の発表会にて一度演奏されています。
13年前、ご縁あってレッスンに通い始めてくださり、「以前通っていた教室のレッスンでも弾いた」と語る悲愴ソナタを持ってきてくださったこと。
当時の上近江での教室のお部屋で、ご一緒に音をさらい直した時間を今も思い出します。
それから、数年経ち、再びレッスンにて持ってきてくださったこと。
それからまたいつかの春の弾き合い会に向けて、と持ってきてくださったこと。
そして今年。
「なかなか良く弾けないなぁ〜って。」
と先日のレッスンで話してくださりました。
でもそれは、それだけ生徒様がこの悲愴ソナタと何度も向き合ってきた証拠なんだ、と思っています。
そして11年の年月と共に、求める音やイメージも、私もその1人として変化していっていること。
音楽はそうやって永遠に生き続けるからこそ、磨いては向き合ってゆくことが美しいのかもしれません。
「私のピアノライフに願うことは、これからも好きな曲をずっと、自分が思うように弾き続けられるようになること。」
といつかの弾き合い会で話してくださったこと。
その一つにこの悲愴ソナタが挙がっているのでしょう。
今日まで何度も、生徒様とこの「悲愴ソナタ」に私も向き合わせていただき、幸せです。ありがとうございます。
当日もそんな想いでピアノへと向かえますように。
今日も素敵なピアノライフを!


コメントを残す