◾️繋いでくれた14年

2026.7.6[mon.]

しっとりした空気で迎えた月曜日。

昨日の日曜日は、息子の送迎の絡みもあって間の時間に娘たちとひたすらお菓子やピザ、を作って、普段手をかけない夕飯にもあれこれとあまり作らないメニューを盛り込んで、ひたすら作って、切って、計って、混ぜて、焼いて、揚げて・・・そして洗い物の大惨事。。。。

でもなんだかそれをやっているときの黙々とのめり込んでいる感覚が、気づけば気分転換と達成感になっていたような。

いつの日か、ある生徒様から紹介いただいて読んだ阿刀田高さんの著書にあった一言を思い出します。

“何事も《終わったとき》が良い”

やり終えた後。

ご飯も片付けも、日々の当たり前のことから、仕事まで。

終わった後の感覚。

うん、なんだか分かるなぁ、と私も思いながら読みました。

1週間の終わりに、全く違う空間や物事にのめり込んで、終わった後の「すっきり完了」といった感覚は、日々の自分の生活スイッチのオンオフになります。

先日、3月末ぶりにお会いした生徒様とのレッスンがありました。

ご自身にとって大きな人生の分岐点となった春。

お休みを延長し最大期間の休会制度を利用して、再びレッスンのある時間を求めてくださりました。

気づけば今年の夏で14年のレッスンライフとなります。

6月末でようやくいろいろなことがひと段落されたようで、安堵のような、なんとも言葉にまとまらずな想いでこれまでの3ヶ月と今を振り返ってお話ししてくださりました。

生徒様にとっての14年。

お会いしたタイミングときっかけも、生徒様にとって人生の大きな節目を迎えられる時だったことを忘れません。

当教室が誕生して間もない頃。

私も開講当初は自分の人生の大きな分岐点にいた頃です。

私にとって教室の歩みといろいろな人生の節目が並行していた14年。

こうしてピアノライフを求めて繋いでくださり、なんとも感慨深い想いです。

「久しぶりに、教室まで向かう道中、あぁ、また戻ってきた、この生活。なんだか緊張もあるような。」

と話してくださった生徒様。

すっかりライフワークになられていたピアノのある暮らし。

そんな中で、久しぶりにピアノに座り、3ヶ月前まで練習していた曲の復習の時間となった先日。

一瞬、調号もリズムも忘れかけていましたが、音を鳴らし始めると感覚はどこかにちゃんと残っていました。

何よりも一番苦労した左手がむしろ覚えていたこと。

あぁそうだ。

よく皆様にも話しますが、ピアノの練習において、難なく最初から弾けるようになったところほど、いざとなると急にミスをして、その時には動揺やショックの方が大きく、どう立て直して弾けるかが思い付かず、逆に苦戦しながら弾けるようになったところは、それだけ“どうやったら弾けるようになるのか”と研究し続けた証があるので、結果的にはよく音を覚えている、だからこそいざという時にミスをしてもしっかりとそこから立ち直って弾くことができます。

一生懸命に苦労して向き合ったことって、何事においてもちゃんとどこかで糧になっていて、意味のある時間だったなと思えます。

14年間、その生徒様にとってのピアノの時間は、いつも特別な気持ちと時間のオンオフにしているところがあります。

ピアノに触れることそのものと時間と空間、足を運ぶ道中。

そしてその中で、生徒様が想い出の音楽を選ばれるのがまた、私たち人間にとって音楽とは暮らしの中で必ずどこか心や人との繋がり、空間、感情を彩ってくれる大事な存在なんだと実感します。

15年目に突入する生徒様とのピアノライフ。

改めて深い感謝を添えて、これから再び流れてゆくレッスンの時間に想いを寄せたいと思います。

今日も素敵なピアノライフを!

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