2026.7.17[fri.]
7月も気付けば折り返し。
暑くなってきている新潟市。涼しい部屋にいても、私の今年の発表会の曲はなかなか汗ばむくらいにff-フォルテッシモ-の指示が多いです。
だんだん繋いで弾けるようになってきた嬉しさがあり、パワフル全開で弾こうとしてしまい、終わったあとにスタミナ切れなことに気づき、「はぁっ。」とため息。
でもそれはただうるさいだけの演奏になっているはず、とまだまだ反省点ありで、今月末の初録音にて色々痛感することと思っています。
てことは、それでは緊張状態ではおよそ10分の演奏が持たないな、とつくづく。
体力も必要ですが、そもそもが、無駄に力んでいるところがあるんだろう、と。

こんな指示が出てきたらどうしたものか。
sempre ff
これは《常にフォルテッシモ(とても大きく)》という指示。
昨日ある生徒様にも伝えたばかりですが、曲の中に出てくるフォルテやフォルテッシモの指示は全てにおいて同じボリュームで捉えるのかどうか。
音域も違えば、また音の伸びも左右されて、高音域だけで鳴らすフォルテッシモや、そんなに音数の多くない旋律でのフォルテは、ただ大きく強く弾けば良いわけでもなく。

豊かな音ではなくなり、がんがんと《大きく》という解釈だけで鍵盤を指先で打ち付けてしまっては音が割れてしまいます。
そして妙に前のめりな演奏になり、細かな旋律が雑になってしまうと勿体無い。

fff-フォルテッシシモ-
こうなると、もう《とてもとても大きく!!!》
!も3つつけちゃうくらいの解釈になりますが、力づくで鍵盤を叩けば良いわけでもなく。
豊かで伸びのある音の中で表現すること。
低音域はとにかく伸びがあるので、うまく両手の響きのバランスをとりながら。
場合によっては、テンポ感や動きで大きさを表現するのも音楽的で効果的でもあったり。
どれもが決まったフォルテの大きさの基準があるわけではないこと。
そして自分の身体や手の大きさ、骨格も左右されるはず。
かつてショパン国際コンクールに出場するまでの間に肉体改造を経て挑んだ反田恭平さんの考えも改めて納得してしまいます。
40代になり代謝が落ちてることに気づいて寝る前にトレーニングを始めた私ですが、反田さんのように脂肪をつけるのには抵抗があります。。。
そんな中、体幹だけは意識してピアノに座るようにしたいところです。
私は決して小柄ではありませんが、とにかく手は小さく、ただ、実は肩幅があることがコンプレックス、だけれどそこを活かせるように脱力と関節や身体の軸に繋げて、これからもピアノの鳴らし方を追求してゆきたいなと思います。
まだまだ進化の途中、と思いつつ。
それでも暗譜はやはりこれから難しく感じることも増えると思うので、挑戦できる間に、やりたい曲を選んで向き合いたいな、と。
さぁ今日も、レッスンにて皆様と向き合いつつ、私も自分の音と身体と心に向き合って。
素晴らしいレッスンライフとなりますように!

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