3月最後のレッスンweekとなりました。
4月がもうすぐそこです。
春といえば桜。桜といえばお団子・・・

出先のついでに家族に買って帰ろうと初めて寄っただんご屋さん。学校町の細い路地に、小さな間口で開いているその雰囲気がなんとも風情がありました。
呼び鈴を押すと店主が出てきて、注文したお団子を種類ごとに丁寧に包んでくれて。
雑貨屋に勤めていた時を思い出す、一枚手に取ったときの包装紙の匂い。包装紙を織り込む音と輪ゴムをパチンと通す音、年季の入った手で丁寧に包んでくれる店主の姿がなんとも心地良かったのです。
手をかけること。
やっぱり大事にしたいなぁとふと思いながら。
ピアノは自分の手で奏でます。
一音一音拘ればとにかく奥が深くて。
教室運営においても、便利な時代だからこそ、手をかけることを全て排除しないように、と思いながら選別する日々です。
紙媒体を徐々に減らしながら過ごしていますが、お月謝の手渡し制度はなかなか辞められずにいます。
手から手に伝わる、受け取る、その感覚を大切にしたいなぁと思います。
当教室のレッスンは、人と人のリアルな触れ合いで彩られるピアノライフにしていたいです。
豊かさを感じれる時間に。
それは音に対しても。
教室運営においても、レッスンライフにおいても、心と共に、手をかけて形にしてゆく時間の積み重ねを誇りに思えるように向き合い行動したいなぁと思う今日この頃。
そんな昨日、いつもの月刊誌の一つのコラムに、「うんうん。私も良く皆様に伝えていることだ」と嬉しく納得して読みました。

休符のお話。
適当な《間》にしていないか。
むしろ休符というより、音符のリズムの一貫になってなんとなく通り過ぎていないか。
休符として音のない瞬間をつくり出せていない。
などなど。
特に適当にしがちな16分休符には、私もレッスンでよく指摘することがあります。
ベートーヴェンの「運命」の出だしが休符から始まるのは有名な話ですが、これもまさに大切な休符。

そうやってひとつひとつ細かく楽譜からのメッセージを読み取り音にすること。
そして心と共に感じて手で考えて、時間をかけて馴染ませて演奏を作り上げる。
時代の変化と共に業務において時間削減になったことはこの数年でたくさんあり、でもあの一つ一つ時間をかけて済ませていたこともやり遂げたという達成感も感じられてなんだか嫌いではなかったなぁ、と振り返りながら。
だからこそ、今厳選して手をかけたいものは何かを、考える日々です。
人との心の繋がり、ピアノライフの繋がりにおいて大切にしたいもの、感謝したいもの、情を込めたいものには、手をかけることを怠りたくないなぁという気がしています。
今日もそんな風に皆様と素晴らしいレッスンライフとなりますように!

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