気づけば立夏を過ぎ、朝の外の香りや肌触りは夏の気配を感じます。

今朝の田園。田植えが終わり、もう鏡のようには空が映らなくなってきましたが。
昨日お会いしたある生徒様からの言葉に深く深く共感し、嬉しくなりました。
先週の弾き合い会にて、2年ぶりに演奏者側として参加された生徒様。
発表会もこれまで1.2度経験してくださり。
その本番の怖さや練習と本番とのギャップに向き合うメンタルから、“人前で弾くことは求めないでも楽しんでいきたい”と、レッスンライフにおける価値観を方向転換されていました。
それでも昨年の発表会を一生徒として、そして聴衆として体感し、改めて人前で弾くことを決意。
そして秋の発表会に向けて、その訓練課程としても弾き合い会にご参加くださいました。
本番に向けて、課題をたくさん見つけて終えた弾き合い会。
練習の仕方、向き合い方、そして違う場所と人が聴いているというシチュエーションで弾いた時と、「いつもとは違う」感覚を改めて抱きながら。
一旦はやはり、がっかりとされたようですが、再び練習に向かいながら思ったことを話してくださりました。
子供の頃からやってらした方はやっぱり違うんだなぁと、よく分かりました。
でも人に聴かせられるように、人に聴いてもらいたいと思えるように、練習を重ねている方が、やっぱり上達の仕方は違うんだと思ったんです。ただ自分なりに時間をかけてでも弾けるように、と思って練習しているよりも。
本当に、その通り。
ただ“弾けるようになってきたかな”と小さく自己満足するよりも、“どう聴こえているか”を求めて、自分の演奏を客観的に感じながら音と音符とそして自分自身と向き合う。
音楽は人と人と、人と空間、心と心を繋ぐ特別なツール。
自分で演奏するということは、聴いてもらえるように努力を重ねる方が、自分の心も充実し、そして練習における質も深くなります。
「もう人前で弾くのはいい」と退きかけていた生徒様の大きな大きな気づき。
とにかく嬉しくなりました。
子供の頃に習っていらした方々とは持っているものは違うかもしれませんが、それでも日々の練習における心の持ち方や信念は同じになれるはず。
半年後の発表会というステージまで、生徒様の演奏の隅々まで、出来る限り磨けるよう向き合いたいな、と、私もまた気持ちが熱くなりました。
発表会に参加することというのは、そうやって人前で弾けるほどに演奏を磨いてゆくその過程が、一度の発表会だけでなく、何度も経験することで、必ず磨かれてゆくものがあります。
一度のゴールを一旦は目指すわけですが、喜びと苦しみも、感動も、もちろん悔いることもありながら、それを経てまたピアノに向かう。
その積み重ねが、確実に《ピアノの演奏力》を身につけ彩らせることにつながります。
上達、進歩になります。
生徒様一人一人にそれを願います。
それでも当教室には、人前で弾くということはまた別のフィールドと思って、当教室を選んで求めてレッスンに通い続けてくださっている方々も一定数いらっしゃります。
その方々へも、私としては変わらぬ気持ちで、もちろん生徒様それぞれの価値観を把握しながら、演奏する力をつけてゆけるよう向き合っています。
大人のピアノライフ。
そうやって自分の感情と憧れに向き合う皆様の姿に私もまたエネルギーをもらいます。

先日我が家も長野に少し寄ったのでタイムリーなお心遣い。ありがとうございます。
今日も素晴らしいレッスンライフとなりますように!

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