◾️セレンディピティな人生

昨日の帰りの空。

あとひと月ちょっと、レッスンからの帰りの時間が明るくなってゆくのが本当に嬉しいです。日の入り直後の空の色は、1日を無事に、充実して、終えられたことへの安堵や感謝に包まれます。

一昨日から練習の日課として再開したクレメンティ。

両手が同じ動きだったり、ちょっと変化があったりするときの指使いは、初見の得意な私も煩わしい。。。生徒の皆様にも時々伝えることがありますが、指をくぐらせたり、跨いだりするときは、その指の前の音の指番号を書いてチェックしておくと結構覚えやすくなります。楽譜には親切に書いてある楽譜でも、「ここで親指、1」としか書いていないことがほとんどなので、1の指を持ってくるその前の音に指番号をふっておく。

4から1をくぐらせるのか、3から1をくぐらせるのか、3の指から跨ぐのであれば、その前はだいたい1の指なわけですが、その1も書いておくと、それまでの流れが4321なのか321なのかを自信持って音をなぞることができます。

指使い。

出版社によっても違うので、今自分が手にしている指使いが「なぜそう記してあるのか」を考えながら、守るべきか、もう少し自分にとって弾きやすい指使いに変えても良いかを考えます。

楽譜の監修者が意図している指使いを紐解くことを大切に。

ピアノにとって指使いは、練習初期の大事な訓練と設定と記憶にすることが、その後の練習の流れを決めます。私も日々痛感の繰り返し。

そんな指使いの判断について昨日同じように伝えていたある生徒様から、かけられた言葉が心に残ります。

先生は、日々の中でセレンディピティな機会をたくさん得ている方だと思います

Serendipity

まだまだ教養に乏しい私にとって良い意味の言葉に改めて考えさせていただきました。

“思いがけない幸運”

それは「棚からぼた餅」とは違って。

日常における行動も、教室の歩みにおける行動も。

立ち止まり考えることももちろんありますが、わりと行動してみることの多い私です。

それは日常のちょっとしたことでも。

あそこに行ってみよう。

と、目的は違った意味であっても、訪れた場所で、出会う景色、人、空間、そこからインスピレーションを受けて、影響を受けて、日々の何かに、教室の新たな景色や動きに活かすことがあります。

わりと日常でそんなことばかりです。

家でじっとしてられない私が功を奏して。

そして初めて見たものからいろいろなことをいろいろな視点で感じるのも心地良いものとしていて。

大した行動はしていないのですが、日常のほんのちょっとしたことから。

発表会の企画も、これまでずっとそうだったはず、です。

行動すること、人に出逢う繋がる、触れること。

そうやって自然と訪れた風に乗って道を開いてゆく。

「私は運良くきただけなんだ」

とよく思うことばかりだったのですが、学業においても、仕事においても、そして人との縁についても、そうではなく、自分で色々な行動と人と景色を通して感じたもの閃いたものを、物事へと私なりに繋げてきた“流れ”があったんだろう、と。

そう思うと、なんだか嬉しくなり、そしてまた有り難くなります。

セレンディピティな人生。

これからも何か物事が紆余曲折しつつも流れ良く動いたぞと感じた時に、自分のそんな風な行動と意識を当たり前のようにしていた人生を振り返ってみたいと思います。

教室のマーガレット、咲き始めました。

今日も素晴らしいレッスンライフとなりますように!

この記事が良かったと思ったら「いいね!」

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です